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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(オ)1454号 判決

上告人・附帯被上告人

楊萬東

上告人・附帯被上告人

楊京旭

右両名訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

上告人

金英圭

被上告人・附帯上告人

信用組合愛知商銀

右代表者代表理事

松川政義

右訴訟代理人弁護士

正村俊記

主文

一  原判決中、被上告人の原審における予備的請求を認容した部分を破棄する。

被上告人の右破棄した部分の請求を棄却する。

上告人楊萬東、同楊京旭のその余の上告を棄却する。

二  上告人金英圭の上告を棄却する。

三  本件附帯上告を却下する。

四  被上告人と上告人楊萬東、同楊京旭との関係では、訴訟の総費用はこれを二分し、その一を同上告人らの、その余を被上告人の負担とし、被上告人と上告人金英圭との関係では、上告費用は同上告人の負担とし、附帯上告費用は附帯上告人の負担とする。

理由

上告人楊萬東、同楊京旭代理人伊神喜弘の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

1  原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

(一)  第一審判決添付物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)、同目録(二)、(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)は上告人金英圭(以下「上告人金」という。)の所有であるところ、上告人金は被上告人との間で、本件土地、建物を共同担保として、上告人金が現在及び将来において負担すべき信用組合取引による一切の債務及び手形小切手上の債務の履行を担保するため、昭和五三年九月二六日、極度額一億円、同五四年一一月一九日、極度額二〇〇〇万円の各根抵当権設定契約(以下「本件各根抵当権」という。)を締結し、それぞれその旨の根抵当権設定登記手続を了した。

(二)  被上告人は、昭和五四年一一月一九日、上告人金との間で、上告人金が負担する前記債務につき債務不履行があったときは、本件土地、建物につき賃借権を設定できる旨の賃借権設定予約契約を締結し、その予約上の権利を保全するため、同五六年八月一一日、賃借権設定請求権仮登記を経由した。

(三)  被上告人は上告人金に対し、昭和五六年一〇月二四日、九九〇〇万円を貸付けたが、同五七年一〇月四日約定による期限の利益を喪失し、残金九七九三万四四〇七円の履行期が到来し(約定の遅延損害金年二五パーセント)、更に被上告人は上告人金振出にかかる一三通の約束手形(金額合計二六七七万円)を割引いたが、いずれも満期に不渡りとなったため、買戻約定による右金員及び各満期から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による損害金債権を有する。

(四)  ところが、本件土地、建物には、上告人金に対し二五〇〇万円の債権を有する上告人楊萬東のための昭和五七年三月一二日設定にかかる同月一六日受付の第一審判決添付登記目録(三)記載の賃借権設定仮登記が、その子である同楊京旭のための同年四月六日設定にかかる同月七日受付の同目録(四)、(五)記載の始期付賃借権設定仮登記がそれぞれ経由され、上告人楊萬東、同楊京旭は、右各賃借権に基づいて本件建物に入居して本件土地、建物を占有している。

(五)  被上告人は上告人金に対し、昭和五九年三月、前記各賃借権設定予約契約に基づいて予約完結の意思表示をした上、前記各仮登記の本登記手続を求める訴えを提起し、認容判決を得て、同六一年五月二六日、右仮登記の本登記手続(以下「本件各併用賃借権」という。)を了した。

2  被上告人は、上告人らに対し、民法三九五条但書の規定に基づき本件各賃貸借契約の解除を求めるとともに、右解除を命ずる判決が確定することを条件として、上告人楊萬東、同楊京旭に対し、主位的に本件各根抵当権、予備的(原審で追加)に本件各併用賃借権に基づき、上告人金の上告人楊萬東、同楊京旭に対する本件土地、建物の返還請求権を代位行使して、右土地、建物を所有者である上告人金に明渡すことを請求したところ、原審は、右事実関係に基づいて、(一)抵当権と併用された賃借権設定予約契約と仮登記あるいはその予約完結権が行使された場合の賃借権とその本登記は、世上いわゆる詐害的短期賃借権が横行している現状に対処するため、抵当権設定登記以後競売申立に基づく差押の効力が生じるまでに対抗要件を具備することによって抵当権者に対抗することができる第三者の短期賃借権を排除し、それにより抵当不動産の担保価値の確保をはかる目的のもとに設定されるものであるから、その限度においてその効力を認めるべきである、(二)そうすると、被上告人の右予備的請求は、右賃借権の目的の範囲内においてその権利を行使するものであるから、理由がある、以上のような判断を示し、被上告人の原審における右予備的請求を認容した。

3  しかしながら、原審の右判断はこれを是認することができない。その理由は、次のとおりである。

抵当権と併用された賃借権設定予約契約とその仮登記は、抵当不動産の用益を目的とする真正な賃借権ということはできず、単に賃借権の仮登記という外形を具備することにより第三者の短期賃借権の出現を事実上防止しようとの意図のもとになされたものにすぎないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第一〇二八号同五二年二月一七日第一小法廷判決・民集三一巻一号六七頁参照)から、その予約完結権を行使して賃借権の本登記を経由しても、賃借権としての実体を有するものでない以上、対抗要件を具備した後順位の短期賃借権を排除する効力を認める余地はないものというべきである。

4  したがって、以上と異なり、対抗要件を具備した第三者の後順位短期賃借権を排除する目的の限度で本登記をした併用賃借権の効力を認める原審の判断は、法令の解釈、適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この違法をいう論旨は理由があり、原判決中、原審における被上告人の予備的請求を認容した部分は破棄を免れない。

そして、原審の適法に確定した前記事実関係に照らすと、右説示に徴し、原審における被上告人の上告人楊萬東、同楊京旭に対する予備的請求は理由がなく、これを棄却すべきであるから、被上告人の同部分の請求を棄却し、同上告人らのその余の上告及び上告人金の上告を棄却すべきである。

附帯上告について

附帯上告は、上告理由と別個の理由に基づくものであるときは、当該上告についての上告理由書提出期間内に原裁判所に附帯上告状を提出してすることを要する(昭和三七年(オ)第九六三号同三八年七月三〇日第三小法廷判決・民集一七巻六号八一九頁)ところ、本件附帯上告理由が本件上告理由とは別個の理由(抵当権に基づく本件土地建物の明渡を認めなかったのは違法であるとの論旨)に基づくものであること、本件附帯上告状が提出されたのは平成元年三月二八日であり、本件附帯上告状は、上告人楊萬東、同楊京旭に対し、本件上告受理通知書が送達された日から五〇日をこえた後に提出されたことは、記録上明らかである。したがって、本件附帯上告は、不適法であるから、却下を免れない。

よって、民訴法四〇八条、三九九条の三、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九五条、九三条一項本文、九二条本文、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤島 昭 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官香川保一 裁判官奥野久之)

上告人楊萬東、同楊京旭代理人伊神喜弘の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一 原判決は、第一審判決登記目録(三)、(四)及び(五)記載の登記(以下本件各登記という)の賃借権により、少なくとも一、〇〇〇万円を下らない担保価値の減少をきたし、被上告人の第一審判決登記目録(六)及び(七)記載の根抵当権の被担保債権がその分だけ回収不能になるから、抵当権者に損害を与えることは明らかであるとする。

しかしながら、上告人らの本件各登記は、いずれも正当な経済取引により設定ないし譲渡を受けた短期賃貸借にもとづくものであるところ、民法三九五条本文によって、抵当権設定後といえども登記等の対抗要件を備えた短期賃貸借がこれに対抗できると定められている以上、仮に短期賃貸借のため当該負担分だけ不動産価格の下落を招くとしても、それは抵当権者において甘受すべきものであって、民法三九五条但書にいう「抵当権者ニ損害ヲ及ホス」場合に該当するといえないことは当然である。原判決は「用益権により担保権の価値を低減するに至る場合には優先する担保権のため用益権が後退すべきことも同条但書の定めるところであり、僅かの期間内に賃借権の期間が終了するとか、回収を妨げられる債権の額が比較的少額であるなど特段の事由のある場合」の外は同条但書によって短期賃貸借は解除しうるとの見解をとるが、これは短期賃借権を実質的に形骸化させるものであって民法三九五条本文及び但書の解釈を誤ったものである。

即ち、短期賃貸借の解除を請求する抵当権者は、短期賃貸借の負担によって不動産価格が下落する事実を主張、立証するだけでは民法三九五条但書にいう「抵当権者ニ損害ヲ及ホス」事実を主張・立証したことにならない。抵当権者として通常甘受すべき短期賃借権でない特段の事由を主張・立証すべきであり、こう解釈するのが民法三九五条の本文及び但書の規定の趣旨にも合致する。

原判決は「僅かの期間内に賃借権の期間が終了する」場合には民法三九五条但書の解除請求がされないというが、民法三九五条本文は民法六〇二条に定める期間を超えない賃貸を短期賃貸借として抵当権に対抗できるとその存続を保護しているのであるから、原判決の右判示は実質上民法三九五条本文の定めを無視することに帰着し明らかに不当である。

二 原判決は、上告人の被上告人の抵当権にもとづく短期賃貸借の解除請求は権利の濫用であるとの主張を実質的な担保価値を上回る融資がされただけでは解除請求を不当とする事由とならないこと、上告人金英圭に対する融資が不生融資との上告人楊萬東本人尋問の供述は裏付ける資料がなく採用できないこと、と判示し否定している。

しかしながら、被上告人は本件土地、建物に対し①昭和五三年九月二六日受付第二四八四〇号で極度額壱億円の根抵当権を設定し、ついで②昭和五四年一一月一九日受付第三一一九〇号で極度額金二、〇〇〇万円の根抵当権を設定したうえ、上告人金英圭に対し、短期間に一億円以上の貸付を実行している。

一方、昭和五八年六月一三日付の評価書(甲第一二号証)によれば、本件土地、建物を一括処分する場合の鑑定価格が金六六、六四七、〇〇〇円(短期賃借権の負担なしの場合)であるところ、右評価書提出日より四〜五年以前である昭和五三年〜昭和五四年当時の本件土地、建物の時価評価は右価格より更に相当下まわっていたはずである。すると、被上告人は、本件土地、建物の担保価格を当初から無視して、万一の場合に融資金の相当額が回収しえぬことを十分承知しつつ、敢えて一億円以上の融資を実行したといわざるを得ない。現に現在の残元本は金九七九三万四四〇七円に上っており、三、〇〇〇万円以上はもともと回収不能である。

このような融資は被上告人が銀行であることを考えると特段の事情のない限り正に不正融資と評価して差し支えない。原判決が担保価値に比べて過大な融資をした事実を認めたとするなら(原判決が過剰融資を認定しているか否か判文上はっきりしない)、不正融資を否定する特段の事由を判示することなく、不正融資を否定したのは、極めて不当な判示という外ない。

被上告人が、正常に融資していたなら、本件土地、建物の時価評価を相当下まわった額を極度額とした根抵当権しか設定されなかったはずである。本件についてこれをみれば、昭和五八年六月一三日時点で一括処分する場合の鑑定価格が金六六、六四七、〇〇〇円であるから、昭和五三年〜昭和五四年当時の時価評価が八割相当として金五三、三一七、六〇〇円となり、根抵当権の極度額はいくら多めにみても金四、五〇〇万円乃至金五、〇〇〇万円程度にしかならなかったはずである。即ち、被上告人の根抵当権は登記上その極度額は合計一億二、〇〇〇万円であるが、正当に保護されるべき極度額は金四、五〇〇万円の限度にとどまるべきである。

被上告人の本件短期賃貸借の解除請求は、正当に保護されるべき極度額金四、五〇〇万円乃至金五、〇〇〇万円を不当に越えて、その抵当権を保護する結果をもたらし、権利の濫用となる。

原判決が権利濫用を認めなかったのは法令の解釈を誤ったものである。

第二点 原判決は、控訴審で追加された予備的請求原因にもとづいて被上告人の上告人に対する本件土地、建物の明渡請求を認めているが、理由の齟齬及び判決に影響を及ぼすべき法令の違背がある。

原判決は、抵当権者に損害を及ぼす場合に該当するとして本件短期賃貸借の解除を命じているが被上告人の上告人に対する本件土地、建物の明渡については「抵当権は、目的物の交換価値を優先的に把握することを本質とするものであって、抵当権者は目的物をみずから占有したり、目的物の使用・収益に干渉する機能を有しないから、目的物が毀損されて交換価値が減少するような特段の事情がある場合は格別、通常の用法に従い占有する第三者に対して単に占有権原を有しないこと、及びその占有により目的物の評価が低下することを理由にその占有を排除するため、抵当権に基づく物権的請求権として直接その引渡しを求めることも、所有権の有する目的物返還請求権を代位行使して所有者に引渡しを求めることもできないと解される」とし、排斥している。

一方、原判決は被上告人が原審にて付加した予備的請求原因を認め、被上告人の賃借権に基づき、本件土地、建物の所有者である上告人金英圭の上告人楊萬東、同楊京旭に対する明渡請求権を代位行使して、各その明渡を求める被上告人の請求を認容している。

しかしながら、被上告人主張にかかる賃借権設定予約契約及びこれを原因とする賃借権設定請求権仮登記は所謂、抵当権併用型の賃借権であって、これが予約完結権を行使され本登記されたとしても、賃借権の実体をもつものでない。従って、被上告人の賃借権を以て、本件土地、建物の所有者である上告人金英圭の上告人楊萬東、同楊京旭に対する明渡請求権を代位行使をして明渡請求ができる根拠とならない。

原判決は、抵当権併用型の賃借権設定請求権仮登記の効力を不当に拡大するもので、この点において解釈に誤りのある法令の違背があるとともに、抵当権に基づく明渡請求権の根拠がないとした判示との間に理由の齟齬があるといわなければならない。

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